· 

新所沢にあった古代の高速道路

【トーショク通信】第58号

新所沢の不動産会社トーショクが発信する

所沢・不動産売却・トーショクの話


 新所沢を古代の高速道路が通っていたのは知っていますか?いつも通っていますよ。花園のヨークマートとゲオの間の道です。ラークの前の道です。

 

 私はいつもフラワーヒルとか狭山市の方に抜けるときに車で通っています。あの道が、今からざっくり1,300年くらい前に作られた奈良の都と地方を結ぶ高速道路です。もちろん当時は車がなかったので馬や人が通っていました。

 

 東山道武蔵路(とうさんどうむさしみち)と呼ばれているこの道は、幅12mでほぼ直線の道に側溝がありました。幅12mって今でも立派な道ですよね?

 

 新所沢は、武蔵国に属していて国府(ざっくり今の県庁所在地)である府中や国分寺から今の群馬県に抜ける道の間に位置していました。道は今の下富・花園・美原町5丁目・松葉町などを通っていました。

 

 下の地図でざっくり場所わかりますか?

 

 

 下富では、平成24年に当時の跡(柳野遺跡)が見つかっています。コーエードーの南側で、特別養護老人ホーム真和の森の道路はさんだ反対側です。

 

 この遺跡の延長線上に所沢の地形が北へ約500mも細長く延びている場所(下富のフラワーヒル付近)があるんですが、武蔵道の名残り(?)と考えられているそうです。上の地図でわかりますか?

 

 いつも通っているあの道が、奈良・平安時代の人も通っていた古代の高速道路だと思うと何か気分も楽しくなりませんか?


トーショク

舞草 亮

まいくさ  りょう

 

1976(昭和51)年

10月1日生 辰年

177㎝77㎏(靴26.5㎝)

所沢出身

 

若草幼稚園 上新井小 小手指中出身。高校時代は毎日、新所沢の駅から学校に通っていました。子供のころは北所沢町にある剣道道場(マルハ啓道館)に通っていました。所沢では上新井、椿峰、山口、松葉町に住んだことがあります。

 不動産歴11年。宅地建物取引士・2級ファイナンシャルプランニング技能士・不動産コンサルティングマスター。ちなみに上海で5年仕事をしていたので中国語(HSK6級・HSK口試高級)が少し話せます。




〈ご来店〉

お気軽にご来店ください!
お気軽にご来店ください!

所沢市松葉町15-12

お気軽にご来店ください!
お気軽にご来店ください!

〈お電話〉

0120-104-493

〈メール〉

メモ: * は入力必須項目です